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2012年 02月 27日
2012年 01月 14日
![]() バスに揺られ、心地よい眠りに落ちたぼく。 ぼくは飛行機、バス、列車など、よっぽど疲れていない限り、たとえ夜行であっても眠れない。 リクライニングがあってもフラットな状態でないと眠れないのだ。 そのかわりベッドなら、ボロボロでダニのメガ盛りになっていても眠ることができる。 そう考えるとデニズリへのバスは非常に快適だったのだろう。 起きてしばらくすると紅茶のサービスが。 うれしいねぇ。 デニズリのバスターミナルに着いた。 ここからパムッカレへはミニバスで30分ぐらいである。 さて、ここで困ったことがあった。 トルコリラがもうないのである。 デニズリのバスターミナルにATMがあるだろうと思っていたのだが見つからん。 いろいろ聞いてみたが「ない」とのこと。 そんなことあるかなぁ。 ミニバスの時間もあるし、はよせなアカンのに! ![]() 警官が歩いていたので、もう一度聞いてみた。 すると、パトカーに乗れと言う。 意味がわからないんですけど・・・。 しかし、早くしろと言われ、恐る恐る乗ることにした。 しばらく走り、銀行の前に止まるパトカー。 「ここにATMがあるから、そこでお金をおろしてきなさい。また、バスターミナルに送ってあげるから」 そう言って、ヒゲ面のアゴをくいっとATMにむける警官のオッサン。 マジで嬉しくなり、女の子が生まれたらトル子って名前にしようとしたが、確実にグレそうなので止めておいた。 その後、無事金をおろし、バスターミナルに戻ってきて、ミニバスに乗ることができた。 30分ほどミニバスに乗るとパムッカレの村が見えてきた。 ホンマにのどかな田舎村って感じである。 バスを降りるとホテルの客引きが多数。 一番安そうな民宿風のホテルにチェックインすることにした。 久しぶりのドミである。 日本の大学生もおり、ちょっと安心。 軽く挨拶をかわし、一人で石灰棚を見に行くことにした。 石灰棚へは宿からすぐである。 ヒエラポリスと共通の入場料を払って中に入ると・・・(現在20TL)。 ![]() ![]() ![]()
2012年 01月 09日
![]() 結局昨日もパチンコに行ってしまった・・・。 まぁ1パチですが。 二人ともちょい負けで、腹も減ったので帰ることにした。 嫁がジャケットをロッカーに預けていたので、一緒に取りに行ったのだが、そこはロッカーではなく、おばちゃんがスーパーで買ったものを入れておくミニ冷蔵庫だった・・・。 そろそろイスタンブールでやることもなくなってきたので次の目的地へ出発することにした。 パムッカレである。 パムッカレは写真なんかで見ると一見雪景色のように見える。 しかし、それは雪ではなく、あたり一面が石灰棚なのである。 まぁそんなに興味があったわけではないが、とりあえずトルコを南下し、エーゲ海を目指したかったので、途中にあるパムッカレに寄ってみる気になった。 ![]() パムッカレに行くには、デニズリという街まで行き、そこからミニバスに乗る。 まずはデニズリにどうやって行くか・・・。 後から調べてわかったのだが、イスタンブールからデニズリへは夜行列車がいいらしい。 ぼくは夜行バスで行くことにした。 チューリップゲストハウスのママさんにオトガル(バスターミナル)への行き方を教えてもらった。 ママさんにその先どうするの?と尋ねられたので、エーゲ海のロードス島に行くつもりだと伝えた。 すると、ママさん渋い顔になり 「トルコからロードス島に行けるかしら・・・。今オフシーズンだからね」 どうやらオフシーズンはロードス島へのフェリーがあまりないらしい。 ママさんはどこかへ電話をかけ、どこからロードス島へのフェリーが出ているか、何曜日に便があるかなどを調べてくれた。 トルコの南端にあるマルマリスという港町からロードス島へのフェリーは出ているようだ。 曜日が決まっておるようなので、それに合わせて行くしかない。 さぁ、いよいよ出発やな。 ママさんにはホンマにお世話になりました。 みなさん、イスタンブールに行った際には是非チューリップゲストハウスをよろしくです。 ※パッカーさんには「Tree of Life」ってGHが有名ですけどね。 オトガルでケバブを食べているとバスも来た。 いよいよデニズリへ出発である。 バスに乗り、夜のイスタンブールの街を眺める。 これからどんな旅が待っているのか、どんな出会いが待っているのか・・・。 旅の中でテンションの上がる瞬間だ。 ![]() トルコのバスは快適。 どこにもそう書いてある。 そしてホンマにそうである。 クッションのよいシート。 ほどよい暖房。 インドやカンボジアのバスは、なんかの冗談やったんやろか・・・。 鬼の哭く街カサンドラに連れて行かれる護送車のような気分で乗っていたのとは大違いである。 しばらく走ると、バスボーイが何か黄色い液体が入った瓶をもって歩いてくる。 そして、手を出せと言う。 両手を出すと、そこに瓶のなかに入ったオイルをちょろっとかけた。 さわやかな香りがする。 隣のオッサンが手に揉み込めと言う。 いやぁ、いい。 これがサービスってもんやね。 その後も、水、ビスケット、コーラと、次々とプチ幸福感を味わえる演出があり、いやでも気分は高まっていく。 暖房の心地よさですぐに眠たくなってしまった。 では、次はデニズリで。 ![]()
2012年 01月 04日
このところ更新が滞っておりました。 というのも、12月はパチンコ強化月間だったためです。 いまさらですが、花の慶次 -焔- オモロ過ぎです。 小田原攻めの際、真田幸村が猿飛佐助を誘うが、佐助は目の不自由な妹のために参戦を断る。 そこで、これですよ。 泣きながらパチンコを打っていたので候。 また原作、読み返そう! 嫁は1パチのX JAPANにハマり、熱くなっておりました。 やっぱタイ人はギャンブル好きやね~。 ちなみに先月の収支は、軽く10万は負けたでしょう。 「コイツ、あほやな」という人もいるかもしれませんが、やっぱりね、楽しいんですよ。 ジャパレゲのEELMANも歌ってます。 やりたければ死ぬ気でやれ やりたく無ければ今すぐやめろ 好きか嫌いか楽しいかつまらないか 全てはSimple 好きならば全力注げ 好きじゃなければ今すぐ忘れろ この世はSimple 白か黒 全てはSimple 好きならば全力注ぐんよ! 先のことばかりを考えてビビってなにもしない。 そんな今の生き方は、スティーブ・ジョブズみたいに「明日死んでもいい」と言えるような生き方かい? それでいいなら、それもよし。 つまんない人生やけどね。 そういう若い人ばっかりになったら、この国はホント終わりやなぁ。 まぁ、そんなんぼくの知ったこっちゃないけど。 ![]() ひいぃぃぃぃ! 申し訳ありばー! そうですよね、やっぱ現実も考えないと。 ってことで、今年も 「せかいのはて」 よろしくお願いします。 そうそう、3月末にわたくしもバンコク行くことにしました。 今日からパチンコは止めて、バンコク貯金しますわ。 ![]()
2011年 12月 17日
![]() 先日仕事から帰ってきたボクにタイ人嫁が「おかえり~」と言ってチュ~。 まだ結婚して1年半。 カワイイもんやのぉと思っていると 「ナニこれ~っ!」と顔をティッシュで拭いている。 そして「揚げ物か、オマエっ!」と罵声を浴びせられた・・・。 確かに顔は脂っぽいけど、疲れて帰ってきてるのに、それはないやろ。 トリカブトが自生してるところってどっかないですかね? トムヤムクンに入れて食べさせようと思うんで。 ![]() さて、ぼくに話しかけてきたメガネくんだが、大学の休みを利用してイスタンブールに来たのだそうな。 ホンマ偶然なのだが、ボクの地元の大学に通っており、住んでるアパートも実家からメチャ近ということが判明。 それですっかり意気投合し、2,3日一緒にモスクを巡ってみたり、バザールを冷やかしたりしていた。 メガネくんは次の目的地をカッパドキアとしていた。 一緒に行きませんかと誘われたが、ぼくはエーゲ海を目指していた。 途中パムッカレに寄り、その後マルマリスからフェリーでロードス島に行くルートを考えていたのだ。 そうなるとカッパドキアは全然方向が違う。 メガネくんとはイスタンブールでお別れになりそうだ。 メガネくんはブルーモスク近くの旅行代理店にカッパドキアのツアーを申し込みに行った。 結構高かったが、ツアーなので仕方ないだろう。 自力で行った方が安く済むに決まっているが、ぼくのように期間が決まってない旅じゃないからしかたないな。 メガネくんとの最後の夜は、二人で定食屋に入り、たらふく食った。 ![]() 「次はバンコクに行ってみ、ペンギン村みたいな街やから」 「はい、ぜひ行ってみますわ~。なんか話聞いてるとメチャメチャおもろそうですね」 おもろいけど、ハマりすぎるなよ。 ![]() ゲストハウスのスタッフによると、ここで日本人女性が働いているらしい。 宿のポスターが日本語で書かれていたのも納得した。 ぼくがイスタンブールに来た時はなんか用事があったらしく、宿にはいなかった。 1週間ぐらいしてから朝メシのときに会った。 ママさんはトルコ人と結婚してイスタンブールに嫁いできた。 ママさんとは、ダンナさんや子供のこと、トルコの生活などについていろいろ話をした。 イスラムの国だけあって、日本とはずいぶん生活が違い、苦労もしたみたいだった。 でも、今ではすっかり慣れたようで、トルコに関するぼくの質問にはすべて答えてくれた。 ![]() ダンナさんのことを紹介してくれて、一緒に改めてブルーモスクに行った。 ダンナさんも少しは日本語が話せたので、ブルーモスクのこともいろいろ説明してもらった。 一緒に学校に子供を迎えにも行った。 「教室を見たいんですけど」とお願いすると、快く案内してくれた。 ![]() 教室は日本の小学校の教室の半分ぐらいの広さで、掲示物なんかは特になく、いたってシンプル。 塾みたいだった。 勉強だけをしに来る感じ。 ![]() それに比べると日本の学校って、勉強を含めそれ以外のいろんなことも教える場であり、子供や親の学校に対する依存度が大きすぎる気がするな。 ホワイトボードの上にはハメネイ師とホメイニ師の写真が。 ![]() どんなにイタズラっ子でも、この写真の目の周りに黒い星をマジックで描いてポール・スタンレーにしようとは思わないだろう。 ちなみにホメイニ師は刑罰について著書で、婚外性交渉を行ったものに対する100回の鞭打ち(未婚者)や石打ちによる死刑(既婚者)、窃盗犯に対する人体切断などの必要性を強く主張していたそうな。 イランに生まれたら、チームmyちゃんは全員、即刻この世から消えることなります。 ![]() ![]()
2011年 12月 03日
![]() チューリップゲストハウスは朝食付きである。 パンやヨーグルト、サラダ、タマゴなどの定番に、コーヒー、紅茶。 ヘルシーである。 共同スペースで朝食をとるのだが、朝は観光に向かう他の宿泊客でごった返していた。 欧米人もいたが、韓国人が多かった。 そこでもぽつんと一人で朝食をとる。 東南アジアでは一人でメシを食っていても孤独感は味わわなかった。 ナンプラーとプリック(トウガラシ)の味が恋しかった。 他の客が、「今日は新市街に行ってみよう」とか、「スレイマニエ・モスクってまだ行ってないんじゃない?」と観光の話に盛り上がっていた。 ぼくは期限が決められた旅ではないから、なかなか観光名所に足が伸びなかった。 いつでも行けるからのんびりすればええ。 2,3日はバザールをぶらぶらして過ごした。 しかし、そのうち本格的に何もやることがなくなってきて、いよいよ観光名所に行ってみることにした。 まずは宿のすぐ近くにあるスルタンアフメット・モスクいわゆるブルーモスクに行ってみた。 ![]() 行ってみたと言っても、ほぼ毎日ここは通り過ぎていた。 中に入るより、外から見た方が壮観である。 中に入ると、ただのバカでかい建物で、特に何かあるわけでもない。 30分ぐらい日向ぼっこをして帰ろうと思ったが、10分で飽きて、出てきてしまった。 何もしないでいることは、時間の流れのはやい日本にいたぼくにはできないことだった。 次にトプカプ宮殿に向かった。 ![]() トプカプ宮殿にはハレムがある。 ちょっとエロいイメージをもっているハレムだが、これはヨーロッパの人々がつくりだしたイメージである。 デカイ部屋に裸の女たちがいて水浴びをしており、王様が「ウムウム、今日はどのムスメにしようかのぉ」などとほざいている。 そんなイメージをぼくはもっていた。 完全に雲のジュウザのせいである。 これはヨーロッパ人のイスラム世界の官能、怠惰の空想。 それが日本にも伝わってきたのだ。 ![]() ![]() トプカプ宮殿には欧米人の観光客がわんさか集まっており、ガイドも英語でしてくれる。 時々ジョークを交えて説明してくれるが、それもいまいちわからず、ここでも一人旅の寂しさがつきまとう。 たしか日本語の音声ガイドもあったが、有料だったので借りなかった。 ![]() 一通り宮殿内を見ると、もう飽きてしまって外に出た。 小高い丘の上にあるので、宮殿からはボスポラス海峡が見える。 ![]() はやくバンコク戻りたいやん・・・。 トルコに来たそばからそんなことを考えていると、「あの~、すいません」と声をかけられた。 振り向くと、明らかにぼくより若い男の子が立っていた。 「日本人ですよね?」 「そうやけど・・・」 「イスタンブール、結構まわりました?」 「いや、街をぶらぶらしてて、今日初めてここきたよ」 大学生のメガネくんとの出会いであった。 ![]()
2011年 11月 23日
![]() ボクは、かなり疲れていたとしてもバスや飛行機の中でなかなか眠れないのである。 夜行バスなんて悲惨。 体は睡眠を欲しがっておるのだが、まったく眠れない。 翌朝目的地に着くと、疲労で気持ち悪くなってしまうのである。 ささっと熱いシャワーを浴び、ベッドにもぐりこんだ。 チューリップゲストハウスはドミもあるが、いっぱいだったので、シングルに泊った。 たぶん20ユーロぐらいだったと思う。 アジアでの安宿に比べたらメチャ高く感じたが、ヨーロッパに近づいてきたのでこんなもんなんだろうとあきらめた。 そのかわりきれいな部屋、清潔な水回り、朝メシ付き、ブルーモスクは歩いて5分という立地でまぁ納得。 起きると夕方になっておった…。 ハラがめちゃめちゃ減っていた。 まずはメシである。 でも新しい町でのメシ屋探しは楽しみではあったが、緊張を強いられるものでもあった。 値段は? 注文のしかたは? 一人で入ってもいい店か? いろいろ考えなくてはならない。 宿から少し歩いて賑やかな通りに出た。 レストランみたいな店がちらほら。 何軒か見て、オッサンが一人で入っていく店を見つけた。 トルコ料理と言えばケバブである。 ![]() ちょっとスパイスを効かせた肉を焼いただけのシンプルな料理。 たぶん日本人の口にも合うだろう。 オッサンが入っていった店は、店頭にデカいアルミのパッドに入ったお惣菜をいくつも並べていた。 そこから好きな物をチョイスして食べるスタイルだ。 こいつは初めてバンコクに来た時もずいぶんお世話になった。 食べたい物を指をさせばいいのでありがたい。 ![]() 恐る恐るお惣菜の前に立って、店のオヤジと目を合わせた。 オヤジは、「食べるか?」というジェスチャーをしたので、コクリとうなずき料理を選んだ。 焼き鳥のように肉を串に刺したシシケバブとハンバーグみたいなもの、フレンチフライを指差した。 オヤジはニヤっと笑って、「パンはどうする?」と聞いてきた。 もちろん食べたいと言った。 席に着くとすぐ料理が出てきた。 腹が減っていたので、文字通りガツガツと食べた。 そんなに温かくはなかったが、スパイスが肉の臭みを見事に消していてうまかった。 値段も決して高くなく、これでトルコで飢えなくて済みそうだ。 部屋に帰って、ベッドに寝そべって本を読んでいた。 静かや…。 特にやることもない。 仲間もいない。 酒もない。 ヨーロッパの冬はホンマに厳しそうやな…。 ![]()
2011年 11月 12日
![]() そんなん知らんやん・・・、おれ、明日も早いのに。 そう思い、無視していると、「何か歌ってよ」と突然の無茶振りが・・・。 このまま無視し続けると確実に機嫌が悪くなるのを予感したため、とりあえずメタリカのマスターオブパペッツをB-DASHのように適当な歌詞で熱唱。 「なんでそれなん・・・」 見る見る機嫌が悪くなる嫁。 やっぱ無視しよう・・・。 しばらくすると「シャクレで自己紹介してよ」という殺傷能力高めの無茶振りが・・・。 なぜ結婚してるのにいまさら自己紹介を求める!? つーか、それ以前にシャクレなどという極東のスラングを、なぜこのタイミングで会話に混ぜられたのか・・・。 パニック状態でアゴを突き出し、「元気があればなんでもできる。ヌン、ソン、サン、ダァー!myちゃんです。好きな食べ物はコンニャク。尊敬するアーティストは杉田玄白・・・」 「誰それ・・・」 シーン。 終了。 さて、イスタンブールでございます。 旧市街に向かっているトラムのなかで、またもや見知らぬトルコのサラリーマンから声をかけられた。 「日本人ですか?」 「イ、イエス」 スーツをビシッと着こなしたビジネスマンだった。 「トルコは初めて?」 「イ、イエス」 「イスタンブールはいいところですよ。何か困ったことがあれば電話してください」 そう言って手帳を1枚破り、自分のケータイ番号を書いて渡してきた。 「センキュー」 「じゃあ、ぼくはここで降りるから」 そういってビジネスマンは降りていった・・・。 何なん、こののっけからドラマティックな展開は。 ソナタ・アークティカのアルバムじゃねぇんだから・・・。 旧市街でトラムを降りた。 早朝の朝日に照らされた石畳がまぶしい。 さて、宿はこっちの方かなぁ。 モスクを眺めながら歩き始めた。 ![]() それにしても今回スーツケースで来たのは完璧に誤りであった。 石畳なので、スーツケースをひいて歩いているとゴットンゴットン、音がメチャメチャうるさい。 おまけにトチ狂ったぼくはZO-3ギターを持ってきたのである。 邪魔っ! 歩き始めてすぐギターをボスポラス海峡に投げ捨てたくなった・・・。 宿はとりあえず歩き方に載っている手頃な宿にしようと思っていた。 やっとこ見つけて恐る恐る尋ねると、Fullという一番聞きたくない答えが返ってきた。 それでも遠足で弁当を忘れてきた子供のようなオーラを出していると、近くに知り合いがやってるゲストハウスがあるから紹介しようか、と救いの手を差し伸べてくれた。 早速そこまで案内してくれるフルの宿のニイチャン。 ホンマにテシェッケレル(ありがとう)や~ん。 紹介された宿はチューリップゲストハウスという名前だった。 さくらゲストハウスにチューリップゲストハウスか・・・。 花の名前は割といい出会いをもたらすはずや。 ![]()
2011年 11月 06日
![]() おかげで「ロンパヤバーン(病院)」というタイ語をまた一つ、覚えられた。 名前を呼ばれたので進んでいくと、診察室の前で待つように言われた。 座っていると、看護婦さんが物珍しそうにボクをジロジロ見てくる。 大丈夫なんか? 何をされるんやろ・・・。 そういやフィリピンで犬に噛まれた邦人が狂犬病で死んだってネットで見たっけ・・・。 不安でしょうがなかった。 それなのに若い看護婦のネーチャンなんて、「コニチワ、アリガト、アッハッハッハッハッハ~!」なんて挑発してくるもんで、思わず答える「サンキュー」。 何やってんだよ、オレ! とにかく看護婦のテンションがマジカル頭脳パワーの板東英二のように高く、こっちのテンションは落ち込む一方であった。 再び名前が呼ばれ、診察室の中に入るボクチン。 「英語かタイ語がしゃべれるか?」とドクターに尋ねられる。 「どっちも少し」 そこからずっとタイ語トークが始まった。 わかるかっ! 注射はなぜか2種類打たれた。 いろいろ説明してくれるが、どうしても狂犬病のワクチンともう一つがわからん。 診察室を出るとゲンちゃんが待ってくれていた。 タクシーで帰り、ゲンちゃんとカオサンでメシを食った。 ゲンちゃんの説明によると、狂犬病のワクチンの他に犬の口は汚いので破傷風のワクチンを打ってくれたようだ。 狂犬病のワクチンは5回打たなければならないらしく、次の接種は3日後とのこと。 そのあとは7日後、14日後、1ヶ月後となっておる。 ![]() やまちゃんに今日あった出来事を話すと、山ちゃんも下の犬に甘噛みされたことがあるらしい。 「マジ、あのクソ犬むかつきますね~。ヤっちゃいましょうか?」 「そうやな・・・。アイツにはどうにかして復讐を・・・」 キャイーン、キャ、キャワーン!ガフッ! 「えっ!?なんなんっ!」 振り返るとパトリックがカサでクソ犬をボコボコにしていた・・・。 ザマアミロ! 3日後にワクチンを打ちに来いと言われておったのに、ボクチン次の日からパタヤに夜遊びに行ってしまった。 結局噛まれて5日後にワッチラ病院に行くと、看護婦さんにメチャメチャ怒られるハメに。 「死にたいの?」 「マイチャーーーーーーイ!」 ホンマにすんません。 結局ワクチン接種は最初からやりなおし。 おかげで帰国日が来てしまい、日本で継続してワクチンを接種することになった。 そして初めて海外旅行保険のお世話になりました。 みなさん、犬とタイの看護婦には注意しましょう。 ![]()
2011年 10月 30日
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